オナ禁は一日にしてならず

オナニーで人生を破滅させた男が失われた全てを取り戻す為、起死回生を図った魂の記録

性欲と悶絶のあいだ(最終章)

「続きまして次のニュースです。

今日午後2時過ぎ、東京都〇〇区のマンションの一室から

住民と見られる男性の遺体が発見されました。

 

遺体は損傷が激しく、専門家の調べによると

死後一ヶ月以上経っており、遺体の一部は白骨化しているとの事です。

 

住民の男性は1年ほど前から自宅にこもりがちになり、

近所付き合いなども全くなかった様です。

 

警察の調べによると、同じ階に住む女性が異臭に気がつき、

家族と管理人が合鍵を使って中に入ったところ、

およそ6畳の部屋の中央で

遺体が横たわっていたそうです。

 

遺書などは見つかっておらず、警察は

男性の遺体を司法解剖に移し、事件の経緯を調べて行く方針です。」

 

キャスターがニュースを読み上げた後、

コメンテーターが好き勝手に想像でああでもないこうでもないというのは、

最早日本の恒例行事みたいになっていた。

 

警察は事件が起こってからしか動かない。

まだ起こってない事件は取り締まりもしない。

行政も役所も皆同じだった。

 

そうして犠牲者は増え続ける。

 

そして事があった後にどうして救えなかったのかと

反省ばかりして結局のところ、何もしない。

 

そうやって同じ事を繰り返し続けているのが今の日本の姿だった。

 

10.それぞれの結末

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ガチャ・・・

 

ゴミで溢れかえった、とあるマンションの一室に

二人の男が色々な器具を持って入ってきた。

 

部屋の原型を止めていないほどうずたかく積まれた

ゴミの山をかき分け、リビングへと進んで行きながら

若い方の男が話し出した。

 

「稲本さん、自分、この仕事やってもう4年経ちますけど

こんな酷い現場は初めて見ましたよ。

気分悪くて今日はもう飯食えそうにないっす。」

 

「文句をたれるな松田。

これも経験だ。我慢しろ。」

 

稲本と呼ばれるベテラン清掃員の男は

松田という若手清掃員を諭し、慣れた手つきで作業を始めた。

 

「この部屋に住んでた人、

必ず人生変えるとか沢山ノートに書いてますよ。

毎日何ページにも渡ってびっしり。

きっと夢持って生きてたんでしょうね。」

 

松田が遺品整理をしながらつぶやいた。

 

「頑張ってる人間が幸せになれない今の世の中って、

一体なんなんすかね・・・」

 

「おい松田。」

 

稲本が手を止めて口をはさんだ。

 

「入社してすぐの時にも教えたがな。

俺たちの仕事は仏さんの過去をあれこれ詮索して、

感傷に浸る事じゃねえんだ。

 

そんな事は警察にでも任せときゃいい。

 

俺たちの仕事はな、仏さんが安心して成仏出来るように

現場を全て綺麗に片付ける事だ。」

 

「あ、はい。すいません。」

 

「・・・とは言え、感傷に浸ってるのは俺の方かもしれねえな。」

 

「え?どういう事ですか?」

 

「俺にも亡くなった仏さんと同じくらいの息子がいたんだよ。

都会で一旗揚げるって息巻いて20代で会社起こした、

生意気だが憎めねえガキだった。」

 

稲本は当時を思い出すように天井を見上げて話を続けた。

 

「その3年後だった。

会社の経営が行き詰まって、首が回らなくなってな。

甲斐性のなかった俺はあいつに何もしてやれなかった。

 

連絡が取れなくなって一週間後に首つり状態で発見された。

 

上司に頼みこんで現場の片付けは俺が全て担当したんだ。

 

親として、あいつにできる事をしてやりたかった。

 

でもまさか、この仕事してて息子の

自殺現場を片付ける事になるとはな。

全く、今となっちゃ笑えねえ話だよ。」

 

「稲本さん・・・」

 

「さ、話は終わりだ。

今日は後もう一件現場が残ってるからさっさと片付けちまおう。

それから最後に仏さんの供養も忘れるなよ。」

 

「はい。」

 

 

一方、A社ではここ数日、ある案件で朝から夜まで

課長以上の社員はおろか、役員までもが各所の対応にかけずり回り、

社内にはただならぬ雰囲気が漂っていた。

 

「三上さん、奥さんに刺されて死んだんだってね。」

 

「ああ、ニュースで見たよ。

奥さんが浮気調査依頼してた探偵に現場押さえられたんだと。

 

山中さんとホテルから出て来たところをナイフで襲われたらしい。

 

現場は辺り一面、血の海であまりにも

むごたらしい光景だったから、報道に一部規制がかけられたって話だ。」

 

「うわあ・・・旦那の浮気でそこまでやるかよ。

やっぱ女って怖えな。」

 

「無理ねえよ、何でも山中さんとの関係を続ける為に、

結婚当初から二人で老後の為に溜めてた定期預金を全額引き落として

使い込んでたらしいからな。

警察が押収した預金通帳にはほとんど金が残ってなかったそうだ。」

 

「で、山中はどうなったんだ?」

 

「何とか一命は取り留めたが、脊髄損傷で下半身不随。

 

会社にもいられなくなって、退職してからは

生活保護を受けながら精神安定剤(クスリ)に頼って廃人生活だ。

 

気持ちの上げ下げが激しいんだとよ。

自殺未遂繰り返してるって聞いたから、多分もう長くねえだろうな。」

 

「奥さんは殺人と暴行・傷害で一審、二審ともに求刑死刑。

仮に死刑を免れても無期懲役が確定路線だ。」

 

「自分の身近でこんな事があったら、不倫は文化だなんて

とても怖くて言えねーわ。」

 

「ああ、全くだ。

でもウチの会社、取引先からもほとんど切られて

株価も大暴落しちまったし、これからどうなるんだろうな。」

 

 

そして一年後、

ある会社のビルの屋上で一人の男が風に当たりながらスマホを眺めていた。

 

懐かしそうで、でもどこか寂しげな顔で画面を見つめている

その男は遠藤達也だった。

 

「見ィつけた。

何だ、こんなとこにいたのかよ。」

 

「柳本。」

 

「急にいなくなっちまうから探し回ったよ。

この前の新薬の臨床実験の結果報告書、

さっさと挙げてくれって所長が俺ンとこにまで来て往生したぜ。」

 

「ああ、済まない。

今日中に仕上げとくよ。」

 

柳本と呼ばれた、長身で伊達眼鏡をかけた男は

遠藤の隣で柵にもたれかかり、

タバコを一本取り出して火を点けた。

 

「勤務中に吸うなって前にも言っただろ?

それにもうタバコ辞めたんじゃなかったのかよ。」

 

「研究主任の特権だ。大目に見ろ。

そういう勤務中に動画見てるお前はどうなんだよ?」

 

柳本が画面をのぞき込むと、そこには学生時代の

達也と友達の一樹が映っていた。

 

「これさ、大学の飲み会で撮った動画なんだ。

二人とも毎日バカばっかやってて、

世の中の事なんてまだ何も知らないただのガキだった。

 

あんまり騒ぎすぎたからこの後、店員に思いっきり怒られて

レッドカードで一発退場喰らったんだよな。」

 

楽しそうにはしゃぐ二人を動画越しに見ながら、

遠藤は寂しそうに語る。

 

柳本はタバコの煙を宙に浮かせながら遠藤の話を黙って聞いていた。

 

しばらく沈黙が続き、風の音だけが二人の間に

流れた後、柳本が口を開いた。

 

「お前、まだ去年死んだダチの事を気にしてんのか?」

 

遠藤がうなずく。

 

「あいつは死ぬ前に俺に助けを求めて来た。

でも俺は結局、あいつを救ってやれなかった。

あいつの事は長い付き合いで

誰よりも分かってるつもりだったが、何にもわかっちゃいなかった。」

 

「お前の責任じゃねえよ。

お前は自分のやり方でダチを助けようとしたんだろ?

結構な話じゃねえか。」

 

「もし・・もし、あの時俺が

あいつの苦しみを理解できて、

適切な行動を取れていたら、結果は違ってたかもしれない。」

 

もしこうだったらなんてこの世の中にはねえよ。

起こった事だけが事実だ。」

 

分かっていた。

そんな事は20数年生きてきて何度も経験して

分かっていたはずだった。

 

でもそれだけでは割り切れない何かがあった。

 

「もうすぐ二人目、生まれるんだろ?

肝心のお前がそんな事でこれからどうすんだよ。

お前には親父としてやらなきゃいけねえ事が山ほどあンだろが。」

 

「ああ、そう、そうだな。

そろそろ仕事に戻るとしよう。

手間かけて悪かったな。」

 

「いいさ、俺とお前の仲だ。」

 

遠藤が立ち去ろうとした時、柳本が思い出したように声をかけた。

 

「遠藤。」

 

「?どうした?」

 

「また今度飲みに行った時にでもダチの話聞かせてくれ。」

 

「ああ、勿論お前の奢りでいいんだろ?」

 

「ちゃっかりしてやがる。」

 

苦笑して柳本はその場を離れた。

 

 

 

 

 

「人は誰でも昨日より今日、今日より明日を

より良い物にしようとそれぞれの人生を生きている。

 

だが、世の中は決して綺麗な物ばかりじゃない。

 

頑張れば幸せになれるという保証もない。

 

不条理な事も多いだろう。

逃げ出したくなる事だってあるだろう。

 

それでも生きなければいけない。

前に進まなきゃいけない。

立ち止まる事があってもいいが、立ち止まったままではいけない。

 

そんな時代に俺たちは生きている。」

 

今は亡きが書き残したノートの最後のページにはそう書かれていた。

 

(終わり)