オナ禁は一日にしてならず

オナニーで人生を破滅させた男が失われた全てを取り戻す為、起死回生を図った魂の記録

性欲と悶絶のあいだ(後編ー2)

これまでの「性欲と悶絶のあいだ」

 

達也から情報商材をもらった俺は

その日から早速、オナ禁を開始した。

 

しかし続かない。

 

3日も続かない。

 

「今度こそは」と決意して、その3日~4日後には抜いてしまう

負の連鎖をいく度も繰り返した俺の

摩羅はオーバーヒートして疲れ切っていた。

 

「くそっ!!

何でだ!何で続けられないんだ!!」

 

本気で人生を変えると決意したのになんて様だ。

 

このままではダメだと思った俺は

気分を変える為、久方ぶりに街へでかける事にした。

 

その帰り道の途中、

都会の人と喧噪に触れ、気持ちを切り替えて

もう一度頑張ろうと鋭気を取り戻していた俺の目に

飛び込んで来たのは信じられない光景だった。

 

それは俺を退職に追い込んだ三上と山中千春が

2人で仲良くホテルから出て来た姿だった。

 

「どうしてあの2人が・・・

一体どうなっているんだ?」

 

8.暴かれた真実

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その日の夜、俺は三上と山中が所属する会社にいる

知り合いの中谷祐介に電話をしていた。

 

彼とはA社との合同企画の際、

頻繁にやりとりをして連絡先を交換した

気心の知れた仲だった。

 

しばらくして後、中谷が電話に出たので

俺は今までの経緯と今日見た事を順を追って

話し、彼なら2人の関係について何か知っているのではないかと

聞いてみた。

 

「・・・・・・。」

 

中谷はずっと沈黙していたが、やがて意を決したのか、

真相を俺に話してくれた。

 

「あのさ・・・。

お前に気の毒だから、ずっと黙っていたんだが

三上さんと山中さん、

2年ほど前から不倫してるんだよ。

2人はバレてないと思ってるみたいだが、

ウチの会社では皆知っていて割と有名な話なんだ。」

 

つまり真実はこうだった。

 

山中と不倫していた三上は上司である権力を利用し、

彼女に言い寄ってくる男達を

徹底的に潰していたというのだ。

 

俺と山中が打ち合わせを重ねて仲良くしている事が

気に入らなかった三上は、

2人の関係を終わらせてほしくなかったら

「俺から執拗に食事に誘われて困っている」と

課長に報告するよう指示し、

PTSDの嘘の診断書もでっちあげさせた。

 

その結果、俺は

会社をクビになり、三上に完全に嵌められた形になった。


こんな事が許されていいのか・・・

 

「理不尽なのは分かるけどさ、気落とすなよ?

お前は何も悪くない。

ただ運が悪かったんだよ。

お前はまだ若いんだから、きっとやり直せるよ。」

 

すかさず中谷がフォローを入れてくれたが、

そんな気休めの言葉はもう、俺の耳には届いていなかった。

 

電話を切った後、切れかかっていた照明が

チカチカと点滅した部屋で俺はしばらく呆然としていた。

 

どれくらいそうしていたか分からない。

 

時間がそこで止まってしまった様だった。

 

出来れば知りたくない事実だった。

でも確かめなければどうしても気が済まなかった。

信じられない、いや、信じたくなかった。

 

大学生活を勉強に捧げ、苦労してやっと入社した商社で

出世を夢見ていた。

 

世の中から

認められる立派な人間になって、

自分を育ててくれた両親を喜ばせてあげたかった。

 

自分の身一つで上を目指せる世界と信じていたから頑張れた。

 

それなのに・・・

 

俺はくだらない嫉妬でその全てをぶち壊されたのか・・・

 

「はは、はは・・・。

はっははっはっははははは・・・!!」

 

人間は本当に心の底から絶望して

希望を失った時、泣く訳でもなく、怒りに震える訳でもなく、

ただ、ただ笑う事しかできないと聞いた事がある。

 

俺も例外ではなかった。

 

点滅していた照明が完全に消えてもなお、

俺は一人でただ笑い続ける事しかできなかった。

 

その瞬間、俺の中で何かが壊れた気がした。

 

9.壊れゆく男

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ドンドンドン!

 

「御成さん!いるんでしょ!?

もういい加減今月の家賃払ってくださいよ!!

これで何ヶ月滞納してると思ってるんですか!?」

 

今日も朝からマンションの管理会社の人間がやって来て

しきりにドアを叩いていた。

 

俺はけだるそうに目をこすりながらドアを開けた。

 

「あんたホントしつこいなあ・・・

だから今度まとめて払うってこの前も言っただろ?」

 

「今度今度っていつですか!?

あのねえ、うちだって善意で部屋貸してる訳じゃないんだから。

払うもの払ってくれなきゃ困るんですよ!」

 

「グダグダうるせーんだよ!!

今度は今度って言ってんだろ!!!

あんまり騒ぐとしまいにぶっ殺すぞ!!」

 

 俺の怒号に気圧されたのか、黙りこくって男は帰っていった。

 

「ったく・・・」

 

督促状が郵便口に入りきらないほど挟まれたドアを閉めて、

俺は再び横になった。

 

足の踏み場もないほどゴミ袋が山積みになった部屋は

もはや部屋とは言えず、散乱した残り物の食べ物には

かすかに蛆が湧いていた。

 

真実を知ったあの日から何もしていない。

あの日を境にして俺の人生は変わってしまった。

 

何もしたくなかった。

 

気を持ち直して何度かオナ禁をしてみた時期もあったが、

相変わらず全く続かない。

 

もう、何もかもがどうでもよくなっていた。

 

心配した両親や達也が何度か連絡をくれたが、

「不在着信」が延々と並ぶ俺のスマホはとうの昔に止められて

全く使い物にならなくなっていた。

 

時間の感覚ももう、全く分からなくなってしまっていた。

 

あれからどれくらいの月日がたったんだろう・・・

 

やがて、電気が止められた真っ暗な部屋で俺の頭の中に

今までの人生がフラッシュバックした。

 

大学の合格発表をドキドキした気持ちで見に行った日、

入学式で達也と出会った日、

飲み会でバカやって騒ぎまくった日、

生まれて初めて彼女ができた日、

商社の入社式で希望に燃えていた日、

残業して這々の体で終電で家路についた日、

 

そして会社をクビになったあの日・・・・・

 

何故、どうしてこんな事になってしまったのだろう。

 

何かが足りなかったのか。

そもそもやり方が間違っていたのか。

いや、もしかしたら誰でもふとしたきっかけでこうなってしまうのが

現代社会の語られる事の無い闇の部分なのかもしれない。

 

オナ禁をすれば自分の人生を変えられるかもしれないと思った。

 

オナ禁効果が本当にあったのかどうかはもうわからないが、

俺には効果がなかったのかもしれない。

 

まあ、ろくに続かなかったので今更確認のしようもないが。

 

その日から俺は日記をつける事にした。

 

2019年 多分〇月。 日付は分からないので今日を1日とする。

今日もマンションの管理会社の人間がやって来た。

今度まとめて払うとこの前言ったのに、

「いつになったら払ってくれるのか」の一点張りだ。

頭に来たから思いっきり怒鳴ってやったら、やっと帰ってくれた。

ざまあみろだ。

 

2019年 〇月 2日

朝起きると身体が妙にだるかった。

熱を測りたかったが、体温計がなくなってしまったので計れない。

風邪でも引いたのか。

こんな日は何もせずにさっさと寝てしまうに限る。

頑張れ、俺。

 

2019年 〇月 3日

今日もからだがだるい。

何かたべようとしておきあがろうとしたが

おきあがれない。

仕方ないからねながらにっきを書く事にした。

めんどくせえな。

 

2019年 〇月 4日

あいかわらずあたまぼーっとする。

さいごになにかたべたのはいつだろう。

あれ?

かんじがおもいだせないぃ?

きっとつかれてるんだろう。

はやくよくなるといいが。

 

2019年 〇月 5日

からだうごかない

きぶんわるいはきそう

てがふるえる

だれかたすけ・・・・・


日記はそこで終わった。

 

やがて混濁した俺の意識は真っ暗な闇の中に

ゆっくりと吸い込まれて、

そのまま二度と日の光の下に戻ってくる事はなかった。

 

(次回、最終章に続く)