オナ禁は一日にしてならず

オナニーで人生を破滅させた男が失われた全てを取り戻す為、起死回生を図った魂の記録

性欲と悶絶のあいだ(中編)

これまでの「性欲と悶絶のあいだ」

 

俺は御成一樹。

都内の大学を卒業後、就職した商社で

A社との打ち合わせを進めていた。

 

そんなある日、

取引先の山中千春から執拗に食事に誘われたと

あらぬ誤解をされ、それが彼女の上司である三上にも

知られる事となり、俺は課長に呼ばれた。

 

そして一方的な解雇宣告をされ、会社を去ることになった俺は

今まで自分を支えていた物を全て失い、

半ば自暴自棄になって来る日も来る日もオナニーに明け暮れた。

 

「くそっ!!くそおっ!!!」

 

一日中何もせず、オナニーだけはしていた

俺のこころと身体が朽ち果てていくのは火を見るより明らかだった。

 

そんな時だった。

俺がネットで「オナ禁」という言葉を見つけたのは・・・

 

4.最後の希望

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オナ禁?何だこれは・・・?」

 

聞き慣れない言葉に少しばかりの動揺を感じつつも、

俺はパソコンのキーを叩き始めた。

 

するといくつかのサイトが表示された。

 

そこにはにわかに信じがたい内容が書かれていた。

 

オナ禁をするとモテる。」

 

「全てがうまく回り始め、結果人生が変わった。」

 

彼女いない歴=年齢でも彼女ができた。」

 

オナ禁とは読んで字のごとく、

男性のライフワークであるオナニーを自ら禁ずる事で

精子の無駄な放出を防ぎ、

高まった精エネルギーを性欲以外の物に

転換した対価として、様々な恩恵を得られるという。

 

ナポレオン・ボナパルトマハトマ・ガンジー

レオナルド・ダヴィンチ・・・

歴史上の偉人達も性エネルギーの転換を活用し、

今日まで語り継がれている偉業を成し遂げた史実があると

サイトには書かれていた。

 

「おいおい、嘘だろ・・・?」

 

「たかがオナニーを止めた位でそんな人生が

何もかもうまく行くなんて話、信じられるかよ。」

 

そんな事で人生が変えられるなら今ごろ

世の中はもっと成功者で溢れている。

 

団塊世代の老人達が居座る会社の椅子に俺たちの居場所はない。

 

就職氷河期を経てやっと就職しても

ほんの些細な出来事で判断を誤れば簡単に社会的立場を失う。

 

一度落ちたら二度と這い上がれない蟻地獄。

弱い物は生き残れない、生き残る事も許されない。

 

生活保護かホームレスが人生の終着点で、

それも出来なければ万引きでもして刑務所暮らし位しかない。

 

「人権なんてあってない様な物」がこの国の現実だ。

 

こんな世の中で希望を持てなんていう方が無理な話だろ。

 

馬鹿馬鹿しいと思い、サイトを閉じた。

 

その時、普段は滅多にならない俺のスマホが鳴った。

 

恐る恐る発信者を確認すると、

学生時代に同級生だった遠藤達也からだった。

 

達也は俺と同じ大学を卒業後、

都内の製薬会社に研究職として就職。

職場の同僚と社内恋愛の末、2年前に結婚して

今は立派な一児の父親になっていた。

 

仕事、家族、社会的地位。

 

今の俺が何一つ持っていない物を達也は全て持っていた。

 

通話のボタンをタップする。

 

「もしもし?達也か?

久しぶりだな。いきなり電話してくるなんてどうしたんだ?」

 

通話ごしに元気のいい、懐かしい声が聞こえた。

 

「おう、一樹。元気してるか?

お前とこうやって話すのは去年の同窓会以来だよな?

今日久しぶりに仕事終わりにでも一緒に飲みに行かないか?」

 

今はとてもそんな気分じゃないので

一瞬断ろうかとも思ったが、特に気の利いた理由も思いつかなかった為、

俺は達也の提案を受ける事にした。

 

「いいよ。お互い積もる話もあるだろうしな。」

 

「そうこなくっちゃな!

じゃあ、今から予約入れてくっから、

20時に表参道のいつもの飲み屋でいいな?」

 

5.級友との邂逅

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「乾杯!」

 

ジョッキグラスのカチンという音が店内に鳴り響いた。

 

「一樹は最近どうよ?あれから彼女とかできたのか?」

 

軟骨をつまみながら達也が口火を切った。

 

「いいや、全然だよ。俺にはどうもその手の縁はないらしい。

そういう達也は嫁さんとはうまくやってるのか?」

 

「まあ、仲良くやってるよ。

でも最近ウチの嫁さん、子供が出来てから若干育児ノイローゼ気味でね。

この前もどっちが家事やるかなんてつまらない事で

ケンカしちゃったよ。ははは・・」

 

苦笑交じりで幸せそうに話す達也を見ていると、

余計に今の自分が情けなくちっぽけな存在に思えてきた。

 

「一体今まで何をやっていたんだ、俺は」と。

 

言い訳はしたくないが、

今までの人生で決して怠けていた訳ではない。

 

その時その時で一生懸命、目の前の事に取り組んできたつもりだった。

 

徹夜で机にかじりついて受験勉強に励み、

大学に入ってからは周りから取り残されない様に

合コンやサークルに明け暮れる他の学生を

尻目に必死に勉強した。

 

奨学金を返す為にバイトも授業以外の時間は全てフルに入れて頑張った。

 

商社に入社してからは

出世を目指して自分なりに頑張って仕事を

してきたつもりだった。

 

頑張る事しかできなかった自分。

 

他に何か選択肢があったのか。

 

でもその結果、何も得られなかった。

むしろ全てを失った。

 

俺がやって来た事は一体何だったのか・・・

 

「・・・おい、一樹?どうした?」

 

達也から心配そうに顔をのぞき込まれて俺は我に返った。

 

「え?あ、ああ、ごめん。

最近あまりよく眠れてなかったからついボーッとしちゃって。」


達也はやれやれと肩をすくめる真似をした。

 

「お前昔から努力家だったもんな。

どうせ毎日ろくに寝ないで仕事ばっかやってんだろ。

たまには肩の力抜いた方がいいぜ?」

 

それができるならそうしたかった。

達也は俺と違って、何でもそつなくスマートにこなすタイプの人間だった。

 

少し考えて、俺は達也に思い切って全てを話した。

 

誰かに話を聞いてほしかった。

 

会社をクビになった事、人生がうまく行かない事、

どうすればいいかわからなくなってしまった事・・・

 

気がつけばフリータイムが終盤にさしかかる頃まで

俺は達也に自分の気持ちを全て吐き出していた。

 

そして、

 

「実はここだけの話なんだけどさ、俺もお前と一緒で、

大学入ってしばらくの間は全然ダメだったんだよ。

何やっても上手くいかなくて、正直落ち込んでたんだ。」

 

ラストオーダーのウーロン茶を頼んだ後、

達也がこう切り出した。

 

 「え!?お前がか!?」

 

達也とは結構長い付き合いだったが、そんな話を聞いたのは初めてだった。

 

しかし今思えばこころあたりがあった。

 

達也は元々気さくで明るい性格ではあったが、

決して派手で外交的な性格ではなく、

どちらかと言えば俺と同じタイプのあまり目立たない男だった。

 

それが二回生の夏頃に状況が大きく変わった。

 

それまで呼ばれればたまに出席する程度だったのに

毎日のように複数の男女で集まって

飲み会や合コンを開き、ほどなくしてかわいい彼女もできた。

 

その時の達也のモテ方は半端じゃなかった。

 

達也は中目黒でバーテンダーのバイトをしていたが、

達也目当てで来るOLや女子大生達が後を絶たず、

連絡先を渡される事なんて日常茶飯事だったという。

現に彼女以外にいつも

複数の女性の影があった。

 

俺と達也が通っていた大学は東京キャンパスと大阪キャンパスに

分かれていたが、どのつてで聞きつけたのか、

達也の噂を聞いた大阪キャンパスの女子学生達が

わざわざ新幹線で達也に会う為に東京へ

やってきたほどだった。

 

それまで同じ場所にいたはずの

俺と達也の距離は途方もなく離れて、

二度と交わる事はないくらいすれ違ってしまったように思えた。

 

それくらい達也は全くの別人になってしまったのだ。

 

俺は感極まって達也に問い詰めた。

 

「頼む!一生のお願いだ!!

お前がどうやってそこまで変われたのか、

俺に教えてくれないか!?」

 

達也はジッと俺の目を見た後、誰にも言うなよと

釘を刺してこう言った。

 

「お前、オナ禁って知っているか?」

 

(次回に続く)